忠臣蔵はやらんのか




a忠臣蔵

「ときは元禄15年、雪の舞い散る12月14日、火事装束に
身をかため、大石蔵之介率いる赤穂の浪士47名は
本所、吉良邸に討ち入ったり!ぱぱん、ぱんぱん!」
「おー、えーどえーど、忠臣蔵だな。それでそれで・・・」
「これ以降は料金をいただく」
「チェッ ケチなやろうだな!」
「最近は忠臣蔵をやらんなー」
「年末になったら必ずやってたのによー」
「お前らが古すぎるんだ」
「そうだ、昔の事をいつまでも恨みに思うK国みたいだ」
「菊池寛の恩讐の彼方へってあったろう」
「そのとおりだ。人間はどんな過去も乗り越えんといかんのだ」
「へえー、たまにはお前もいい話をするなあ」
「あたぼうよ、町内では人格者と云われるわしだぞ」
「ふーん、ならこの間借りた金はチャラでいいな」
「くそー、そうくるか」

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No title

そうですね、忠臣蔵、最近の年末に見ないですね
少し昔、年末の常連、やっていましたね

こんばんは、

愛知県の吉良へ行って「大石は偉い」というなら、町民から石を投げられますよ。(笑)

随分前に吉良町のほうに旅行した時、吉良家のお城は無いことを知りました。
いわゆる「高家」は城がなく、代々徳川家を支える重役のような役目だったようです。

Re: こんばんは、

> 愛知県の吉良へ行って「大石は偉い」というなら、町民から石を投げられますよ。(笑)
>
> 随分前に吉良町のほうに旅行した時、吉良家のお城は無いことを知りました。
> いわゆる「高家」は城がなく、代々徳川家を支える重役のような役目だったようです。




おはようございます。

吉良の殿様は地元では評判の良い方だったそうですね。
広島の飲み屋でカープの悪口を云ったらひと悶着あると思います。
当時の政権に都合よく、武士は潔ぎよく腹を切ったり
主に対する恩が大事にされたんですね。

Re: No title

> そうですね、忠臣蔵、最近の年末に見ないですね
> 少し昔、年末の常連、やっていましたね




赤穂市の義士祭は毎年すごいですよ。
今年の大石蔵之介役は高橋英樹さんでした。
ことさら難しい顔をしてたいこを叩いてました。

ありがとうございます。

No title

結局、松の廊下の殺傷沙汰の原因は何だったんでしょう? そこがわからないので落ち着きません。
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シンとケイ

Author:シンとケイ
年寄ゴジラへようこそ!
年年歳歳花相似
歳歳年年人不同ということ
で残り時間を有効に
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私は水彩画、ウォーキング、
自炊.それと
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やっています。
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いたします。

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